四つの主題に依る練習曲
『聖剣伝説2』『聖剣伝説3』『双界儀』等で知られる作曲家・菊田裕樹さんの新作ピアノ練習曲。恐れ多くもデモ動画のピアノ演奏をやらせていただきました。
楽譜データも公開されています(上記動画内の説明文内にリンクがあります)。
なかなか無い機会なので、演奏しながら感じたことなどを書き留めてみることにしました。よろしければ動画や譜面をご覧いただきながらお読みいただければ幸いです。
ぱっと見はそんなに難しくないが…
まず、譜面をいただいて最初に感じたのは、そこまで複雑な譜面ではない、シンプルな楽曲であるということ。クラシック畑の出身ではない自分からしても、練習曲と冠された譜面を見るときは構えてしまうもので、果たして自分に弾けるだろうかという一抹の不安を抱えつつpdfファイルを開いたのですが、ぱっと見たところでは正直胸を撫で下ろしました。
しかし、楽譜を受け取った深夜0時過ぎ、ちょっとだけ、と思い譜面を追って弾いてみると…これが、なかなか難しい。
密集した和音での伴奏、オクターブのメロディ、ちょっとひねった指使いが要求される左手の音型、不規則なパターンで連なる和音、同音連打のメロディなど。テンポも遅く、そこまでの技巧が求められるものではないながら、しっかり弾き込まないと一筋縄では行かない要素が散りばめられています。演奏者に配慮しながらも、意識的にそう書かれているように感じられます。シンプルな見た目ながら、中身はしっかりとエチュードなのでした。
打ち込んでみる
今回はデモ音源等もなく譜面のみでの演奏ということで、曲想の解釈については任せていただけたのですが、音の読み違えがないかだけが心配でした。特に練習記号Cの部分の和音など、なかなかすぐには体に入ってきません。そこで、いかにも普段打ち込みで音楽を作っている人間のアプローチという感じなのですが、いったん楽譜通りにすべての音を打ち込んでみることに。
こんな感じ(ごく一部です)。
こうして鳴るべき音の像を確認しつつ、尚読み違えしやすい箇所には書き込みを入れていきました。一小節の中でも臨時記号を見落としやすいところには、改めて付けたり、「この小節は全て白鍵!マーク」を付けたり(笑)。最近は即興スタイルでの演奏を主としているので、こんなに譜面に書き込みをしたのは大学生の時分、ピアノサークルで身の丈に合わない難曲に挑戦していたとき以来のことでした。
普段、即興でも割と無茶な音型(特に、早いテンポの中で)を弾いているわけですが、やはりその場で生み出していく即興と、規定の譜面を演奏することには別物の難しさがあります。僕が最初から最後までゆったりした曲を弾くのが新鮮、というようなお声も見受けられましたが、だから簡単ということはなく、難しさとしては普段通りかそれ以上だったかもしれません。
その結果、撮ってきた映像を見ても、ああ緊張してるな、と思います。綺麗に響かせる曲なのだから、可能な限り力を抜いて弾こうと思っていたはずなのですが!
強弱とテンポ、運指
さて、譜読みを終えるとあとは表現、ということになるのですが、譜面を読むと分かる通り強弱記号、テンポなど細かな指定があります。特に練習記号B〜Cの部分は、同じ音型を一回目はフォルテ→二回目はピアノ、というような箇所が多く見られるので、一辺倒にならないようにコントラストを付けることを意識しました。この点は譜面に忠実に弾いたと言えます。
もう一つ強弱面で気を付けたいのは、低音で密集している和音の表現。練習番号A、24小節目に出てくる左手の和音ですが、普通の強さで弾いてしまうとちょっとパワーのありすぎる音になってしまいます。もともとピアノ(弱く)の記号が付いていますが、気持ち一層弱めに、ただし輪郭のない音にならないように。力を弱めて弾くと言うより、鍵盤を押す速度をゆっくりめにして最後までしっかり押し切る、という解釈の方が、綺麗に響いてくれるかもしれません。
一方で、少し大きめに振れ幅をとって解釈したのがテンポの部分です。四分音符=84を中心として、練習記号Aでは少し早めの四分音符=88、同Cでは遅めの四分音符=80。これ、実際に打ち込んでみるとそこまで差のないテンポなのですが、僕の演奏ではもう少しテンポ差を強調し、早いところは早め、遅いところはゆったりと弾いています。特に後者の同音連打のメロディーはバタバタしたくなかったので、ゆっくりと、かつ動きも伴うテンポで弾きましたが、ここはもう少しドライに一定のテンポで弾く解釈でも良いのではないでしょうか。
あと楽譜には詳細な運指が振られていますが、自分はあまり守れていません!その辺りは是非映像を参考にしないでいただきたいところです(笑)。もちろん手の大きさによって演奏しやすい運指は変わってくるわけですが、練習曲という側面を考えると運指を守ることで指使いが上達する面もあるわけですし。そこは自分との相談になるのかな、と思います。
最後に
動画作成が終わった今はじめて落ち着いてこの曲を聴けていますが、いろいろな捉え方のできる曲だな、と改めて感じています。静謐で美しい曲なので、家で弾けば穏やかな(あるいは感傷的な)雰囲気にひたることができますし、一方で演奏会等でも適切なタイミングで取り上げれば、高い演奏効果が出るでしょう。その点では古来の作曲家が作ってきたようなパフォーマンス性の高い演奏会用練習曲というよりは、そういう曲の合間に何気なく挿入される「聴かせるタイプの楽曲」とでも言えるかもしれません。
何にせよ菊田さんが譜面を公開してくださったので、今後いろいろな拡がりを見せるのではないかと思います。その点も楽しみですし、将来的にこういうタイプの楽曲発信をしてくださる方が増えてくださると、作曲者と演奏者とが相互に刺激されて、一層面白いのではないか…と、勝手な期待を込めて、この拙い記事を閉じようと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。