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    New Album "COMFORT 2" 2023/4/30 release


新譜シングル『ヴァイオリンとピアノのための“Expectation”』ライナーノーツ

遅ればせながらM3終了しました。ご来場いただいた皆さまありがとうございました!ついては新譜シングルを発表してからしばらく経ちましたので、楽曲の出来上がった経緯も含めた簡単なライナーノーツを書き留めておくことにします。

1. ヴァイオリンとピアノのための“Expectation”

春のアルバム『elementscapes』が壮大な世界観だったので、次作はアコースティックで小さな編成にしようと思っていたのですが、その間にいろいろと影響を受けるような事柄がありました。まず8月の光田さんの20周年ライブ。楽曲への理解が深い演奏者が集まることによってものすごくハイレベルな、かつ気持ちの入った楽曲が次々と奏されていくのを見て、ごく単純に、自分もそういうものを作りたいと思ったこと。また、自分自身デュオやバンドで演奏をする機会がちょっと続いていたのですが、自分が演奏に加わるとなかなかその出来を客観的に判断できなくて、自分の曲を外から見てみたいと感じる機会が増えたこと。これらを受けて、今回は作曲に徹し、全体的なクオリティの底上げを図ろうと考えました。自分自身のピアノ演奏の個性は犠牲にすることになるかもしれませんが、今後の他者との融合も含めて、まずは質的な指針となる楽曲を作ってみたかった。そうした狙いの元に生まれたのがこのヴァイオリンとピアノのデュオです。

最初は楽曲の構成もクラシカルな手法を考えて、浜渦さんのAtmosphaerenのように3楽章構成にしようかとも思ったのですが、速い部分でも遅い部分でも後述するメインモチーフばかりが像を結んでしまう。変に循環形式のソナタ(各楽章に同じモチーフが現れる)を書くくらいなら、初めから速-緩-速の三部構成を取った一曲にした方がすっきりするだろう、という結論に至りました。

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C-Durの明るいサウンドに快速なビートを伴う疾走感ある曲調。ヴァイオリンのしらすさんのお言葉を借りれば「(ソナタの)第三楽章的な」曲で、タイトルの「Expectation(期待)」と相まっていかにも途方もなく明るい曲というような外観になっていますが、9小節の序奏のあとにすぐに転調し、メインモチーフともいうべき少し感傷の入ったメロディーが現れます。緩やかなテンポの中間部も含め、このモチーフが曲の大部分を占めるのは、期待の裏にある不安みたいなものが出てしまったのかもしれません。中間部の真ん中の箇所だけは、少し光の差したような表情が垣間見えるのですが、すぐに現実に引き戻されてしまいます。

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ちなみにこの感情のバランスはジャケットイラストの発注時にも反映されていて、新しい世界が開けたようなイメージでありつつも、明暗の暗の部分が見えるようにしてほしい…というようなリクエストをさせていただきました。それに似つかわしい世界観・時刻・場所の設定をしていただけたと思っております。

こうしてタイトルとは裏腹に暗の部分を注入しながらも、コーダではC-Durの明るい音像に戻り駆け抜けるように曲を閉じます。最後の6連符が駆け下ってくる難所は、自分でも練習すれば弾けるかもしれないけど、今回の試みにおいては演奏の専門家だから出せるクオリティが欲しかった。ピアノの小鳥遊さんがそれを実現してくれたかどうかは、この曲の白眉ともいえる中間部の感傷的なバラードを差し置いて、SoundCloudのデモにコーダを選んでしまったことにも現れているかと。(というかこの難所、最初の録音でOKに出来るテイクが録れたことに驚きました)

2. 即興メヌエット(Impromptu-Menuet)

私はいつからか譜面ではなくピアノで作曲するようになり、今回のように奏者に演奏をお願いする場合はそれを譜面に落とし込むという順序を取ってきたのですが、この曲はいつ以来かピアノを介さず、いきなり譜面から書き始めました。繰り返しの前の部分などはかなり音がぶつかるのですが、ピアノで弾いて作った場合には絶対に現れない和音使いなのでそのまま採用しています。A-Durに転調する中間部と、終結部だけはピアノでのスケッチを元に作りました。感情の起伏のない曲調のなかで、結果的にこれらの部分だけが少し心の入ったような音楽が鳴っているかと思います。

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特に最後はFis-Durに向けて唐突に盛り上がっていくので、こんなに感情の入った曲を書くつもりではなかったはず…?と一瞬逡巡したのですが、結果的に人間側に振れてしまうのがいかにも自分らしかったので、これもそのまま残すことにしました。そもそもメヌエットなんて古典的な舞曲のタイトルを借りてきてるわけですから、最後くらいちゃんと踊り切るのが礼儀なのかもしれません。

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この曲、今回のプロダクションに伴ってヴァイオリンとピアノに編曲しようかと思ったのですが、ピアノの音の金属的な冷たさが曲調にいかにもマッチしていたので、やはりピアノソロにすることにしました。左手の和音は常にスタカートで弾き続けなくてはいけないので、力を抜く演奏というものができない自分にとってはちょっと大変。小鳥遊さんは7度の練習に良いかも、と仰っていました。

制作途中、この曲を論理的にしたいのか人為的にしたいのか分からなくなり、あまり完成度の高いものにはならないかも?と疑った時期もあったのですが、結果的に最近多く書いてきた感性ベースのピアノ・インストゥルメンタルとは一線を画した、論理と人為を行きつ戻りつする面白いバランスの曲になり、正直、自分でも少し驚いているところです。