liberty 2
    New Album "COMFORT 2" 2023/4/30 release


作曲家のプロ意識とは 2.音響編

1.音楽編の続きです。今回は音響編ということでエンジニアリングの工程や電子音響作品の潮流について触れたいと思います。

エンジニアリングの重要性

エンジニアには大きく分けてレコーディング、ミキシング、マスタリングの三つがあります。レコーディングとミキシングは兼任されることも多いようですね。もちろん自主制作では全てを一人でこなす必要があります。いずれにせよ音の鳴りについて客観的に見る上でもエンジニアリングは重要で、クオリティの底上げにとどまらず、求めるサウンドが具現化されたときの質の上がり方は目覚ましいものがあります。一方で一般的にはその差が認知されにくいところもあるとは思いますが、「分かる人には分かる」のも確かなので、やはりここを押さえておくにこしたことはないでしょう。

レコーディング

生音を録る場合に必要となる工程です。付帯音も拾うくらい楽器に近い音が欲しいのか、ルーム・アンビエンスが欲しいのか、あるいはその両方かを考え、適切な位置にマイクをセッティングします。より専門的になるとマイクの種類・メーカーや指向性なども吟味されます。
録音の授業では、主にピアノを用いてマイクのセッティングを学びました。ピアノのフタを開いて差し込むのが一般的ですが、演奏者の位置で録ってみたり、響板の下に置いてみたり(意外に良い音が録れる)、部屋鳴りを拾ってみたり…いろいろな試みが成されていました。ホールでの演奏をシミュレートしたいのか、スタジオ録音に特化したいのか、全く違う音を作りたいのかでセッティングは変わってきます。先生に王道のセッティングを聞いても、「シチュエーションによる」と返ってくるのが常でした(笑)。
自分のピアノ録音の話では、アルバム『LIBERTY』の"piano works"では部屋鳴りの位置のマイクしか使えなかったためやや遠いサウンドになっています。『COMFORT』『DIGNITY』ではより自然な音を目指して、フタに差し込む形でポータブル・レコーダーR-09HRで録音しています。マイクの質はスタジオ・レコーディングの『LIBERTY』の方が上だと思いますが、オンの音が活きている分後者の方が良い録音に聞こえるかと思います。映画音楽のレコーディング(ヴァイオリンとピアノ)では、演奏者位置でのマイクとスタジオの吊りマイクの二種類をエンジニアにセッティングしてもらいました。

ミキシング

録音した音をミキシング・コンソールあるいはコンピュータ上でミックスする工程です。サウンドの質を決定付ける最重要項目と言っても過言ではないと思います。目的にしたがってどのマイクの音を活かすのか、音量調整やイコライジング(周波数帯域ごとの強調・カット)、リバービング(残響の付加)によって操作していきます。またパンニング(定位)も重要で、ステレオの場合左右のどこに音を配置するかを吟味していきます。スタジオではスピーカーでチェックするのが一般的ですが、ヘッドホンで聞いたときに気持ち悪くならないようにするといった配慮も求められてきます。
基本的には一番目立たせたい音を埋もれさせないように、またどの音を完全に埋もれさせないようにするのが重要です。パンニングの左右、リバービングの前後が二本柱といったところでしょうか。ポップスなどではベースやボーカルを中央、ギターを左右に置いて、ドラムスを全体に散りばめ、その他上モノ(ストリングスやシンセ、コーラスなど)を後ろに置くのが一般的でしょうか。5.1chサラウンドなどの場合はより高度な配置が求められ、音を動かすオートメーションの量も増えてきますが、基本的な考えはステレオの場合と同じです。
自分のアルバムのピアノ曲の場合、複数のマイクを用意できなかったためリバーブによってホール残響を付加しています。その点映画音楽のケースではリバーブなしでも十分な音が得られましたが、全体のサウンドをまとめる意図でミキシングした音とそのトラックにリバーブをかけた音の両方を用意し、更にミックスしているようでした。リバーブに限らずエフェクトをかけた音は味付け過多になりやすいため、原音のトラックも残しておいて両者を程好く混ぜることが多いように思います。

マスタリング

これは特に複数の曲をまとめる(CD化するなど)際に求められる工程です。曲によって音量にバラツキがあると聞きにくくなってしまうため、そういった差が出ないように全体を聞きながら、必要な箇所ではリミッター+ゲインなどの処理によって音の底上げを行います。音を歪ませずにどこまで音量を上げられるかは技術力の向上によるところが大きく、昔のCDなどの音量が小さいのはそういうところによります。僕のアルバムもこの工程が甘いというご指摘をたまに頂きます…技術力が足らなくて申し訳ないのですが、少しずつ向上させていきたいですね。とりあえず音を歪ませないことと、それぞれの曲の持ち味を活かすこと(静かな曲を極端に盛り上げたりしない)の二点は重視しています。
また曲間の時間調整などもこの工程に含まれます。曲の収録順とも合わせて、ここに拘る作曲者の人は割と多いように思います。自分も類に違わずアルバム制作中は日常的に何度も聞きながら曲間の時間を考えるのですが、往々にして多目に間隔を取ってしまう傾向があることに気づいてきたので、今後はもう少し曲間が短くてもいいかな?と思っています。

効果音(SE、フォーリー)

これは楽曲制作とは違う区分ですが少し触れておきます。映像の分野などでは特に効果音の存在が重要で、昔からそれ専門のエンジニアが存在します。ゲーム会社を受けた経験では効果音担当とコンポーザーを分けている場合とそうでない場合があるようですが、間違いなく分けた方が適切だと思いますね。音楽を作るときにも効果音を入れたいと思うときがありますが、日常的に行っていることではないので、本気でやる場合(素材録りから入るなど)には専門家に任せた方が良いかと思われます。と言いつつ『哲學的風景』というサウンドスケープ曲集を出してしまっていますが…(笑)。
自分は受講しませんでしたが、大学ではフィールド・レコーディングやオーディオ・ドラマ制作の授業によってこの辺りの技術を学べるようでした。

電子音響作品に学ぶ

音響編ということで、電子音響作品の授業で学んだことについて書いてみます。領域が多岐にわたるため雑多な内容になりそうですがご容赦ください。

電子音響の現代音楽

何をもって電子音響作品を区分するかは難しいところではありますが、要はコンピュータやシンセサイザーといった電子楽器を中心に作られた音楽のことです。ポップスなどで用いられる電子楽器とは別に、古くはミュジーク・コンクレートやテープ・コンポジションなどに端を発しクラシックの作曲家たちが模索し始めた領域であることから、現在でもクラシックの現代音楽などとは別に電子音響作品の現代音楽といった分野があり、コンペティションなども多く行われています。元よりクラシックの現代音楽も専門的に学んだわけではないので深くは知りませんが、調性や音階、リズムや拍感などの概念がない新しい音楽としての潮流が、電子楽器によって改めて行われているといったところだと思います。まぁどちらも芸術音楽なので、簡単に言えば「ずっと聴いていると頭が痛くなるタイプの音楽*1」(笑)。知り合いは「クラシカルな現代音楽はほぼ頂点を過ぎて、大分前から変化がなくなってしまったこともあり、今はどちらかというと電子音響作品の方が盛り上がりを見せている」と言っていますが本当のところはどうなのか。電子音響+生演奏など、両者の混交も盛んに行われているように思います。

Max/MSP

ライブ・エレクトロニクスにしても、フィックスト・メディア(要はライブでない電子音響作品のことですが、よくこういった呼び方をされていました)にしても、往々にして頻繁に顔を出すソフトがMax/MSPでした。簡単に言えば音にプログラミング処理を行う環境であり、ライブ・エレクトロニクスではマイクで拾った音にパッチを通してリアルタイムで音響を変化させたり、音程に合わせた電子音を加えるなど。フィックスト・メディアの場合はリズム・トラッキングによってリズムに合わせた部分音を取り出したり、音程に合わせたノイズを抽出したり、ランダム・テーブルを用いた乱雑なリズムの音を生成したり…など、要は素材作りのために用いられていました。それぞれのパッチでマルコフ・モデルやFFTなど、情報工学時代に学んだ項目がちょくちょく顔を出すのが面白いと思いました。もっと学んでおけば理解は深まったのかもしれません。
先のミキシングの項目で触れたエフェクトの概念に似ていますが、要はノイズなどの劣化させた音(最近はアナログ・ノイズなどよりはサンプリング周波数を敢えて落とした音などデジタル・ノイズが多く使われているようです)を使うにも原音もちゃんと残しておいて、両者を上手く兼ね合わせて使うのが一般的のようです。コンペティションや学術的な作品ではノイズを主体にするのが一般的ですが、ポップスなどに応用する場合にはシンセサイザーの音作りの延長と考えて、飛び道具的にアクセントとなる音を作るには有用な知識ではないかと思います。友人は「一度はまると抜け出せなくなる」とか怖いことを言っていましたが…。


音響編はこの辺りで。次回はラストということで、演奏編を書いて締めたいと思います。今のところあんまり書く内容が浮かんでないのでラストに似合わず短くなるかもしれませんが(笑)。

*1:現代音楽のコンクール優勝作品のコンサート・チケットが回ってきたとき、「どういった音楽のコンサートですか?」と聞かれた教授が表現したフレーズです