daybreak
New Album "daybreak" 2017/4/30 release


ファンになった瞬間に無期限活動中止になってしまったCHAGE and ASKAの話

この数年間、CHAGEASKAはこれからの活動について、話し合いを重ねてまいりました。その結果、2009年以降はCHAGE and ASKAとしての活動を休止する、という結論に至りましたことを、ここにお伝えいたします。
CHAGE and ASKA オフィシャル・ウェブサイト - 今後の活動に関するお知らせ (2009/01/30)

CHAGE and ASKAが解散するという報道が先日なされたときから、うっすらと予想できていたことではあるが、心の底ではそうはならないでほしいという期待もあったため、結果的には残念なことになったと言わざるを得ない。解散は否定されたものの、このように本格的に活動中止に言及することは今まで無かったらしく、ファンである母親が肩を落としているのを見ると改めて事態の大きさに気づかされる。

CHAGE and ASKAは嫌いだった

家に帰ればテレビにはCHAGE and ASKAが映り、車に乗ればカーオーディオからCHAGE and ASKAが流れる。子供心にはこの二人の歌のどこが良いかなど分かるはずもなく、ただそれだけを何年も延々と聞かされ続ければ彼らの歌を嫌いになるのは自然な流れだった。
自分はピアノ教室で触れたクラシック音楽に始まり、その後も合唱曲、ゲーム音楽を中心にポップスとは縁のない音楽嗜好が続いた。今でこそ何でも聴くようになったし、歌詞で多くの人と世界を共有できるポップスの方が優れているとさえ感じるようになったが、CHAGE and ASKAが当時の自分をポップスから遠ざけた一つの要因であったことは事実だろう。

懐かしいと感じるようになった

そんな自分がどうして彼らの歌を聴くようになったのか、特にきっかけがあったわけではなかった。ただ大学に入って独り暮らしを始めた自分は、カプースチンやミュージカルなど、数え切れないほど多くの新しい音楽に触れた。そんな激動の生活の中で、帰省という一年に二度の機会に、実家でいつも変わらず流れているのがCHAGE and ASKAだった。一度嫌いになっているわけだから、もちろん瞬間的に良いと感じるようになったわけではないのだが、懐かしいと感じるようになったことだけは事実だった。やがて自分がポップスを聴くようになったとき、実家で流れるCHAGE and ASKAは同じポップスでも80年代後半〜90年代のそれであったから、バックで流れるサウンドの若干の古さが、より懐かしさを助長していたのかもしれない。

ヒットした時代よりも最近の曲から

CHAGE and ASKAが最もヒットした90年代初頭の曲、つまりは「SAY YES」や「YAH YAH YAH」などを、自分は嫌いではなかったものの、あまり好きにもなれなかった。今でこそヒットした要因もよく理解できるが、聞き疲れるほどに聞かされていたわけだから新鮮味がなかったのである。音楽の道に進み始めた自分にとって既に興味の対象となっていたCHAGE and ASKAだが、そんな彼らの最近の曲をあまり聞いていないことに気づいた自分は、ひとまず1999年のアルバム『NO DOUBT』を実家から持ち帰って聴いた。そこには「YAH YAH YAH」などよりずっと落ち着いたCHAGE and ASKAのサウンドがあった。最初はそれなりだった印象も、徐々にじっくりと好み寄りになっていった。

NO DOUBT

NO DOUBT

バックサウンドの音はシンセとロック系の生音が巧みに融合された、今の自分にとってまさしく新鮮なサウンドだった。「YAH YAH YAH」などと比べて一番違うのは、おそらく生音ドラムスを多く使うようになったことだと思う。力強い打ち込みのリズムから、正統派なロックのリズムに移行したように感じられる。このことは多くのファンから「好きだった頃と曲の印象が変わってしまった」と思われてしまったようではあるが、一方で自分のように新たに好きになったような人も少なくないだろう。歌詞の意味を共感できる機会が多くなったことも手伝って、今ではヒットした時代近辺の曲にも相応の魅力を感じるようになった。

ファンになった瞬間

『NO DOUBT』を持ち帰ってから、まだ一年と少ししか経っていない。その後も『DOUBLE』(2007年)、『NOT AT ALL』(2001年)と最近のアルバムをいくつか持ち帰り、そのたびに新たな感銘を受けていたものの、まだ心から好きになったと断言するには至らなかったように思う。
今回の冬の帰省で、『alive in live』(2007年)というアンプラグド・ライブの映像を親に観せてもらった。ここに含まれていた「higher ground」「RED HILL」の二曲は、自分にとって衝撃的であった。いずれも既に良く知っている曲だったし、編曲自体にも(一般的なレベルよりは相当高いと思うものの)それほど感銘を受けたわけではなかったが、照明の力、バッグバンドの演奏、歌う二人の姿、それらが渾然一体となってあの衝撃を作り出したのだと思う。

  • RED HILL

この瞬間をもって、自分はCHAGE and ASKAのファンになったと言えるだろう。

いつかライブで

自分の好きなアーティストをけなされることは辛いことであるから、母親には長い間悪いことをしてきたように思う。ようやくファンとして対等な立場になれた今、親子でライブを鑑賞することをお互い楽しみにしていたのだが、丁度それと時を同じくして彼らは無期限の活動休止に至った。結果だけ見れば皮肉ではあるが、逆に二世代でファンになれるほど活動を継続してこられたことに感謝の意を表したい。
これからも実家ではCHAGE and ASKAが流れ続けているだろう。また彼らが居なければ、自分の音楽も今とは違ったものになっていただろう。彼らが自分に与えた影響の大きさに、ここに来てようやく気づいたと言える。二人の今後の活動に期待すると共に、願わくば再び彼らがCHAGE and ASKAとしてライブの舞台に戻ってきて、親と一緒にその雄姿を見届けられる日が来ればと思う次第である。